愛情を持ってやってきた子育てに、
失敗という言葉はないと言いたい。
子育ての中で、時折、耳にする言葉の一つが
「子育て失敗したー」です。
子どもが不登校になった。
反抗期が激しい。
思い描いていた進路に進めなかった。
親子関係がうまくいかない…。
さまざまな出来事を前に、多くの親御さんが、
自分の子育てを「失敗」と評価してしまいます。
けれど、私は断言したい。
愛情を持ってやってきた子育てに、
失敗という言葉はありません!
そもそも「失敗」という言葉は、
正解が一つに決まっているものに対して
使われる評価です。
試験や仕事、競技のように、
明確なゴールがあり、
到達できたかどうかで結果が分かれるもの。
では、子育てに「正解」はあるのでしょうか。
生まれ持った気質も、育つ環境も、出会う人も、
時代背景も、誰一人として同じではありません。
同じ親のもとで育っても、きょうだいですら、
まったく違う人生を歩みます。
そんな一人ひとり異なる存在に対して、
「こうなれば成功」「こうなったら失敗」と
線を引くこと自体が、実はとても
無理のあることなのかもしれません。
それでも親は、結果を見て自分を責めてしまいます。
「あの時、もっとこうしていれば」
「厳しくしすぎたのではないか」
「甘やかしすぎたのではないか」。
でも、どうか忘れないでください。
その時その時のあなたは、
その瞬間に持っていた知識、体力、心の余裕、
お金、環境の中で、精一杯考え、選び、
関わってきたということを。
完璧な親など、どこにもいません。
そして、完璧である必要もありません。
子育ては「作品」ではなく、「関係」です。
評価されるものでも、採点されるものでもありません。
揺れたり、ぶつかったり、距離ができたりしながらも、
関係は生き物のように、形を変え続けていきます。
今、うまくいっていないと感じる時期があったとしても、
それは「失敗」ではなく、
関係の途中経過にすぎません。
親にできることは、
子どもの人生を思い通りに導くことではないし、
将来の結果を保証することでもありません。
親にできるのは、ただ一つ。
その子が自分の人生を生きていくための
「土壌」を整えることです。
安心して泣ける場所があったか。
失敗しても戻ってこられる関係があったか。
「あなたはあなたのままでいい」と、
言葉や態度で伝えられてきたか。
それらは、点数や進路のように
目に見える形では測れません。
けれど、大人になってからの人間関係、
困難への向き合い方、
自分を立て直す力として、
静かに、確実に、その人の中に残っていきます。
思春期の反抗も、不登校も、
遠回りに見える選択も、
人生全体の時間軸で見れば、
意味のある過程であることは少なくありません。
それをすべて「失敗」と呼んでしまうと、
子どもは「自分の人生は間違っている」と感じ、
親は「自分はダメな親だ」と、
自分を深く傷つけてしまうのではないでしょうか。
だからこそ、評価軸を変えてみてほしい。
「うまくいったか」ではなく、
「関係が切れていないか」
「対話の扉が閉じていないか」
「困った時に戻ってこられる場所であり続けているか」。
この視点で見たとき、
愛情を持って関わってきた子育てが、
「失敗」になることはありません。
もし今、
「私の子育ては間違っていたのではないか」
そんな思いを抱えているとしたら、
どうか自分に問いかけてみてください。
あなたは、
どうでもいいと思って関わってきましたか?
適当に、投げやりに選択してきましたか?
きっと違うはずです。
悩み、迷い、ときには立ち止まりながらも、
「この子にとって何が大切か」を
考え続けてきた。
それは、立派な子育てです。
子育ては評価するものではなく、
関係を育て続ける営みなんだと、
改めて考えた夜でした。
子育てに、最終評価はありません。
そして関係は、今この瞬間からでも、
何度でも育て直すことができます。
これまでのあなたの子育ては、失敗ではありません。
それは、愛情を持って積み重ねてきた、
かけがえのない歴史ではないでしょうか。